目を覚ますともう六時半だった。寝すぎた、と思った。
空はまだ明るいが、陽は傾き始めて茜色の光が部屋に差し込んでいた。
「久しぶりに先輩の夢を見た……」
何年ぶりだろうか。先輩が出てくる夢を見たのは。
高校生の時、いつの間にか先輩がいなくなってしまった。先輩の友人に聞いてみたら引っ越したと言われた、あの日の夜。
そうだ。その日だ。その日、私は先輩の夢を見た。
先輩が何かを言っている。そんな夢。私には先輩が何を言っているのかわからなかった。
私は何度も「聞こえないです」と言ったけど、先輩の耳にその言葉は聞こえないようだった。
ただ何かをしゃべっている、という動きだけが私には判ったような……そんな夢だった。
そして今日、私は再び先輩に会った。
私は、あの時なんて言ったのか、分かった気がした。
思い違いかもしれない。自惚れかも知れない。
それでいい。それでいい。
レトルトのカレーに昨日の残りのご飯を合わせてカレーライスを作って食べる。
まだ先輩との待ち合わせの時間には時間があるので、私はゆっくりと食べた。
テレビをつけてない部屋はとても静かで、秒針のカチッカチッという音や、カチャカチャというスプーンと食器が当たる音が耳に残った。
食べ終わり、食器を洗い終わると時刻は七時半だった。
私はジャンパーを着て海岸へと向かった。
涼しい夜風が吹いていて、辺りの明かりと言えば少し離れた道路の街灯と月灯りだけ。今の私にとって、とてもいい環境だった。
海岸を歩いていると先輩の姿が見えた。先輩は石を投げていた。
暗くて良くは見えなかったけど、音からするに、六回跳ねて沈んだような気がする。
「さすが先輩」
「宿題の答え、見つかった?」
私は首を横に振る。あの時よりも前に先輩に会った記憶が見つからなかった。
「いいえ……」
「教えて欲しい?」
「ええ」
先輩は髪をくしゃくしゃっとかいてから、小石を拾った。
「覚えてないかな? 俺が小四の頃だったから、若菜は小三だと思うけど。こういう風に俺が石を投げている時興味津々で見ていて、そして俺が投げ方を教えてやって一回跳ねて大喜びしていた……」
先輩は石を投げる。月明かりで何とか見える水面を石は何度も跳ねて沈んでいった。
その時、私は何かを思い出した。
「あっ……」
思い出した、小学校三年のとき私は確かに男の子に石の投げ方を教えてもらっていた。
一回だけ、石が一回水面を跳ねて沈んで。物凄く大喜びした。
あの時、あの時一緒にいてくれた人って……。
「俺も確証はなかったんだけど……やっぱり若菜だった」
「あの時教えてくれた人は……先輩だったんですね」
「ああ」
暗くてはっきりと見えないにもかかわらず、私には先輩が素敵に微笑んでいるのが分かった。そして何だか、心の奥からあったかいものが溢れて止まらなくなった。
それはとても優しく、大切だと思えるもの。
「そうだったんですか……何か凄く心のもやもやが取れました」
「それは良かった。まぁ、原因を作ったのは俺だがな」
先輩が笑った。私もそれにつられて笑った。
「……そろそろ行かないとな」
「そうなんですか?」
先輩は時計を見ると、鞄を持ち上げた。
「ああ、もうそろそろここを出ないと、電車を逃しちまうからな」
「それじゃあ、私も駅までお見送りします」
「いいのか?」
「はい、全然大丈夫です」
「……そうか。よかった」
「へ?」
「純粋な気持ちだよ」



←back ‖ next→

Web作品 に戻る