「若菜さん、いつものです」
私たちが話していると、直哉さんがコーヒーとたまごのサンドイッチをテーブルに置いた。
「ありがとう」
「トーストもすぐにお持ち致しますので、今しばらくお待ちください」
「ああ、ありがとう」
そして直哉さんは再びカウンターの方へと戻っていく。
「営業、かぁ……」
「若菜は何してるんだ?」
「なーんにもしてません、暇人です」
「なるほどね……」
「ええ」
そうして私はテーブルに置いてあるシュガーポットから、角砂糖をコーヒーに落としていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。この入れた時の感覚と、かき混ぜる時が小さな楽しみだ。
「ふふっ」
「何ですか……?」
「いや、相変わらず若菜はコーヒーにたくさん砂糖入れるんだ、って……」
「あっ」
何だか少し気恥ずかしくて、お砂糖をかき混ぜるスピードを少し上げた。
私はコーヒーにはお砂糖をたくさん入れる。甘いのが好きだからだ。
それでもやっぱりお砂糖を沢山入れたコーヒーは少し苦くて、未だにマスターのようにとてもゆったりと美味しそうに飲むことが出来ない。まぁ、それがまたいいのだけれど。
「高校生の頃、一緒にハンバーガー食べに行った事あっただろ? あの時も確かコーヒーを頼んで、砂糖をたくさん入れていたなって思い出してた」
私はいつの頃からだろう。そうだ、確か中学の終わりごろからコーヒーを頼むようになっていた。
妙に大人のように振舞いたいと思っていた私は、何を考えたのかまず手始めにコーヒーを飲もうと思った。
最初に飲んだコーヒーは不味かった。お砂糖もミルクも入れてない純粋なブラックの味は、とても苦くて口の中にいつまでも残るような味だった。
これをとても美味しそうな顔をして飲む大人は大人だと思った。同時に、私は子供だとも思った。
そう。その頃からお砂糖をたくさん入れるようになった気がする。それでもコーヒーを飲みたかったのだ。
「トーストセットです」
直哉さんがコーヒーとトースト、プレーンオムレツをのせたお皿を翔の前に置く。
「ありがとう」
「それでは、ごゆっくり」
そして直哉さんは戻っていく。
「さて、俺も……」
そう言って先輩はコーヒーにお砂糖を一つ、ミルクポーションを一つ入れてかき混ぜる。
コーヒーの色が漆黒から甘味がかった色に変化してゆく。
「先輩はそういう飲み方なんですね」
「ああ…高校生の頃、若菜がコーヒー飲むのを見て凄いなって思っていたけれど、いつの間にか自分も飲むようになっていた……」
そうして先輩はとても美味しそうにコーヒーを飲んだ。
「そういえばさぁ……」
「何ですか?」
「俺と一番最初に会ったときのことって覚えてるか?」
「え〜っと確か……私が中学三年で高校受験の相談に乗ってくれた時?」
「ブーー、残念。俺が知ってる限りではそれは二回目の時だ。もっと前に一回だけ会ってるんだ。まぁ、俺もそれに気づいた時はお前が俺と同じ高校に入って何度か会話するようになった時だし、確証はないんだけどな」
「う〜ん……」
私は考えた。覚えている限りで、先輩と初めて会ったのは中学三年の時だった。受験での悩み事で相談したのが始まり。
「……わかんないです」
「ははっ、そうかー。……今日の夜、空いてる?」
「えっ? はい……」
「それじゃあ八時、あそこの海岸で。それまでこの問題の答えはお預け、宿題です」
「宿題?」
「そう、宿題」
私たちは笑った。なんだか凄くワクワクしている私がいた。
「それじゃあ、俺はそろそろ出ないとな……」
気が付けば先輩は、お皿の上に乗っかっている朝食を全て食べ終えていた。
私のお皿にはまだ手付かずのサンドイッチ。
「ええ、それじゃあ……海岸で」
「ああ、それじゃあな。お金はここに置いていくから」
そして先輩はお札を一枚テーブルの上へと置くと、喫茶店を出てどこかへと行ってしまった。
私は一人になった。
ちょっとだけ冷めたサンドイッチを食べながら、私は先輩から出された宿題の答えを探していた。
「最初に出会った時かぁ……」
そして私はお砂糖が入った甘くて、少しだけ苦いコーヒーを飲んだ。



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