スキップ・リズム



あの人と久しぶりに会ったのは、梅雨も明けて初夏にさしかかった六月二十九日の午前七時ごろ。海岸だったのを覚えている。
その時の空は少し雲があったけれども、青く澄み渡っていて綺麗だった。
穏やかで静かな声を海は出す。魚は心地よく躍っているのだろう。
潮風がとても涼しくて、私の髪をなびかせた。そんな風に乗ってか、鳥たちは気持ち良さそうに空で遊んでいた。
私は白いワンピースに麦藁帽子をかぶって散歩に出ていた。
毎日と言うわけではないが、私はこうして散歩をしている。
健康の為とかそういうことじゃない。じゃあ何で? と言われるのかもしれないが、はっきりとした答えを返すことはできない。
ただ何となく、なのだ。
それはきっと、朝に顔を洗うとか、歯を磨くとか、そういう類のことなんだと思う。
私が海岸を歩いていると、一人の男性が石を投げていた。
男性に投げられた石は水面を嫌がるように六回跳ねるが、力尽きて海に沈んでいった。
「凄い……」
その光景を見て、私はつい声を出して言ってしまった。
私は石投げが上手くない。おぼろげではっきりとは覚えていないのだけれども、小学生の頃に一度だけ水面を切ったような記憶がある。あれ以来何度投げても石は水面を切ってくれず、それから投げなくなった。
それでも、石が水面を軽やかに飛ぶ姿を見るのは好きだ。
男性がこっちを向いた。私の声に気付いたのかもしれない。
「投げてみる?」
彼は石を拾い、弄びながら言った。
「えっ、あの……」
私は少し戸惑った。投げたって石は跳ねてはくれないのは分かっているから。でも、何故なのだろう。石を投げる事にした。
「よっ」
私が投げた石は、水面を切らずただボチャンと沈んでいった。水面を嫌がる素振りすら無く、まるで人生を諦めてやる気を無くしたかのように思えた。
私の投げる姿が滑稽だったのか、それとも同じようなことを思ったのか、彼はあははと笑った。
「そうじゃなくて、こうやってスナップを効かせて……」
そう言って彼は石を投げた。
その石は風を、水面を切って七回跳ねて沈んだ。
「こうやる」
「おー……」
コツをつかんだような気がした私は、もう一度石を拾う。
さっき彼が投げた姿を思い浮かべる。横、サイドスロー、ピュッと投げる。
「えいっ」
すると、石は一回だけだが水面を跳ねた。
「やった!」
なんだか無性に嬉しくて、私は思わずその場で飛び跳ねた。
その姿を見た彼は声を出して笑っていた。私は恥ずかしくなって顔が赤くなった。
「いや、ごめんごめん。やっぱり変わってないなぁ……と思って」
「えっ?」
「やっぱり忘れちまったかな。俺だよ、俺…香川 翔」
そして彼は、私の瞳に焼きつくような位置に顔を向けた。彼の顔を良く見る。
そうだ。私は思い出した。そして急に胸が熱くなった。
彼は、私が高校一年生の頃に急に引っ越してどこかへと行ってしまった先輩だったのだ。



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