末息子には厚手のコート  寒さの中に若気を詰めて
  下の娘は趣深く  木々を紅く染めやすいよう
  あいだには寡黙な長男  暑さを忘れて水と興じ
   一番年上、長女へは  風にはためく桜のショール



ハルノユメ



  『いいかい、春野。
  猛暑のあとには、きっときびしい冬がやってくる。弟たちの世話は、おまえに頼んだぞ』


 ふいに冷たい風に身を刺されて、目が覚めた。
「っ……さむ…」
 縮こまりながらも、鼻を動かしてみる。久々に吸う、澄みきった空気。
 ――花の香りはしない。かすかに、冷たい雪の匂い。
「なんだ…まだ、じゃない」
 もう少し。もう少し、眠ろう。
 北風が弱くなって、新芽が伸びて、花がほころんで、やわらかい南風がやってきたら、あたしの出番だ――


  『いいかい、春野。
  ひとりひとり順番をちゃんと守って、風が変わったら交代するんだぞ』


 暖かい日差しを待ちわびながら、少女は再び瞼をとじる。
 まどろみの中でみる夢は、遠い日の記憶――

「よーし、いっくぞーカンタロウ!」
「ま、まってにいちゃん!」
「ちょっとショウタロウ!カンタロウがころぶからはしっちゃだめだってば!」
「おねえちゃん、あったよ」
「あったんぽぽ!リョウコ、よくみつけたねっ」

 町のはずれの、大きな公園。大人は寄りつかない寒風の中で、幼い四人の姉弟が遊んでいる。
 その広場を見渡すようにそびえる大木の枝には、あろうことか子どもが二人座っていた。一人は軽そうなワンピース、もう一人は厚手のコートを纏っていて、場所も服装もあまりに景色にそぐわない。
「ねえ、冬樹、もうサンガツも終わるわ。おそくてもシガツからは、あたしの番よ。いいかげん代わってよ」
「ガツガツうっさいな。そんなのニンゲンがかってに決めたことだろ。おれ関係ないもん」
「あのね、人間だってばかじゃないのよ。コヨミって、風とか星の動きとかとちゃんとあってるんだから」
 見た目のわりにませた口調で、少女が暦について説明を始める。時おり強く吹く北風に長い髪をなびかせ、首に巻いたショールは大きくたなびく。
 一方、冬樹と呼ばれた少年は、怒ったようにそっぽを向いたまま、少女の話に耳を傾けようとしない。
「……ってことなの。よく昔の人間は気づいたよねー。だからね…って、冬樹!きいてるのっ!」
 そんな彼の様子に気づき、少女がキッと顔を向ける。
「もう、せっかく説明してるのに、なに見て―――――っ」
 少年の視線の先に目をやって、少女は思わず口をつぐむ。
 そこには先ほどから元気に遊びまわる、幼い姉弟の姿があった。

 ふいに訪れた沈黙の中、少年がぽつりとつぶやいた。
「いいなぁ」
「冬樹…」
「ねえ、なんで?なんでおれたちは一人ずつなの。なんで四人いっしょじゃないの?」
「…あ、あれー、もしかして冬樹ったらさびしいのかなー」
「上(うえ)姉(ねえ)ちゃんだって、あのニンゲンたちのこと見ないふりしてただろ」
「してない、もん」
「してた!」
「してない!」
 子どもたちは二人に気づく素振りもなく走りまわっている。
「どうせ、父さんに言われたからって言うんだろ」
「そうよ、あたしお父さまに言われたもの。お姉ちゃんだからちゃんと守るんだ」
「ほら、上姉ちゃんはいつもそうだ。父さんのことばっかり。でもおれは覚えてないもん、遠くからみてるだけの父さんの言いつけなんて聞くもんか」
「お父さまだってセカイを照らすだいじなお仕事でお忙しいんだから…」
「知るもんか!父さんだけいればいいんだろ、上姉ちゃんは!」
「冬樹!!」
「…おれは父さんなんてどうでもいいんだ。兄ちゃんと、姉ちゃんたちとあそびたいだけなのに。なんでニンゲンたちは好きにあそべてさ、ニンゲンをみまもってやってるおれたちは一人ずつで、代わるときの少しだけしか会えないんだよっ!」
 小さな姉は、弟の叫びに唇を噛みしめる。
 彼女だって、できることなら遊びたい。弟たちと…会えたことのない妹と、四人一緒に。
 それでも不平を言わずにやってきたのは、一番年上だからということもある。しかし、それ以上に。
「だって、あたしたちは…」





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